2013年9月17日火曜日

お引っ越しします。

ブログを探しづらいとの御意見が多いので、
お引っ越しをします。
このブログには、愛着があるのですが。


新しいブログはこちらから、お願いします。

http://xn--cck1ad7l3due.net/

2013年9月15日日曜日

天使の手

「手が天使の手だから、気持ちいいのだと思う。」

そんなもったいない言葉を頂いたことがあります。
これもバイトをした大人の病院での出来事です。


Mさんは私より少し年上の女性で、もの静かな方でした。
家族は御両親を早くに亡くされて、遠くにいるお兄さんだけ。
面会にくる方もいらっしゃらなくて、おひとりで居ることが多かった。

同室の方が面会者といる時間、ポツンとされていたし。
足はむくみがひどく、ひどくだるいのでいつもベッドにいらした。

“Mさん、私今暇なんです。気休めだけど、足をお湯につけませんか?”
いつも気を使われるので、そう言ってみたらうなづいて下さった。
むくみが取れる訳ではないけど、そのくらいしてもいいかな。。
それから何回か受け持ちになると、足浴させて頂いた。


“これくらいしか出来ることがなくて、しかもいい匂いとかなくてごめんね。”
そう言った私に

「気持ちいい。お湯はただのお湯だけど、手が天使の手だからだと思う。」
そんな風に真顔で仰った。
“え~、ありがとう。”
そんな風にふざけてごまかしたけど、涙がでた。


Mさんは、その後あっというまに逝かれてしまった。
お兄さんとも話せなかったのではないかな?
ひとりでどんな気持だっただろう?
深い気持ちまで、話せる関係でなかったけど。
天使はMさんの方だなぁ、今でもずっと私の天使です。

グリーフケアってなんでしょう?
本当は、看取りの場から始まっているのだと思う。
そういう時、頂いた言葉は
何年経っても、じーんと響いていつまでも残る。



2013年9月8日日曜日

あるべき姿は、いつもの姿

「わぁ、いつものお父さんになったぁ。」

私が患者様の髪を刈り上げて、終わりと言ったら
東北訛りの老年の奥様が、歓声をあげた。

勉強中にバイトしていた東京の病院で、
あと少しかもというとき
Eさんはかつて、職人さんで髪はいつも絶対5mm程度に拘っていたと伺った。

大人の病院は、あまり御面会に来られないことも多く、
私もバイトだったのでEさんの背景は初めて知った。

その時、Eさんの髪は2cmくらいで。。
正直それほど伸びてもいなかったし、気にもならなかった。
「お父さん、喋れてたら“我慢できん”そう言うと思うわぁ。」
と奥様が教えてくれた。
一緒にいた姪っ子さんも、
「頑固一徹な伯父で。。譲らない人だから(笑)」と言うし。。

私もまた、このままその時を迎えて頂いてはならんみたい気持ちになって
“ちょっとムラにはなるけど、切りましょうか?”と口に出してしまった。

御家族一同、「そりゃあ、お父さんはそれがいいって言うよ。」と大喜びの中
私のにわか散髪屋が開始となった。

いつも書くけど、小心者なので。。
この間に息が止まっちゃったらどうしよう?とか
まさか、前だけって訳にはいかないよなぁ。。後ろ切るとき呼吸大変じゃないかな?
とか、ひやひやしながら病院の切れが悪いバリカンで汗だくで刈り上げた。

「いつものお父さん」ものすごい大きな衝撃の言葉だった。
こんな何年経っても、想いが残る言葉が頂けるなんて思っていなくて。
(私から見ると、おんなじ感じの坊主頭なのですがね。)
御家族から見たら、病院でベッドに居るお父さんはいつもではないのですよね。


グリーフケアってなんでしょう?
その方らしい姿で送れたら、その方らしい何かがあったら
後から辛い姿だけが残らないのかもしれません。
Eさん、教えて頂きありがとうございます。


2013年9月2日月曜日

人生に寄り添うとは。

「もうね、私の一生で一番つらいことはあの事だから。
この先あれほどつらいことがないと思ったら、もう平気なの。」

昨日書いたRちゃんが逝ったあと、手を合わせに伺わせて頂いた。

お母様と話すうち、頑張っている感なく自然体のように見えて。

“思ったより、お元気そうにみえる”というようなことを私は言ってしまった。
(今書いていても、本当に反省。。そんなことあるはずないのに。。禁句です。)

本当に失礼なことを聞いた私に、お母様は笑って答えて下さった。
あの子の生きた様子をずっと見てきたから、そうなのかなとか考えてきた。


覚悟をして見送ったのが、身にしみて分かったつもりだったけど
グリーフのことを勉強するうち
お母様のお気持ちにちっとも寄り添っていなかったことがよく分かる。


グリーフケアってなんでしょう?
反省することばかりな気がする。
今でも、未熟者ですし。。
でも、寄り添おうとしなかったらどうなるか?
そういうことも考えて、向き合うことが私の出来ることかもしれない。


 
 

2013年8月29日木曜日

私の師匠

「Rは、ちゃんとした人がいいの。」

そう泣いて訴えたRちゃんは、小学校一年生だった。

幼稚園の頃から、病気と闘っていたから病院生活はベテランで。。
生来の几帳面さとやんちゃさが混じって、
納得できないと処置をさせてくれない時があった。

看護師によっては、根競べに負けてしまって
“はいはい”とかつい言ってしまうこともある。
どうしましょう、駄目ですと、報告がきて
そんな後で“どうしたの?”と聞いたら、
大きな目に涙をいっぱいためて、言われた言葉だった。

「ちゃんとした人」は、
自分が駄々を捏ねているのではない、きちんと説明して欲しいだけなんだ。
あしらわないで欲しい。そういうことだった。

人として、相手に向き合うことの基本。
大切なことを教えてもらったひとりです。

今でもくじけそうになると、思いだす。
何事にも「ちゃんとした人」ちゃんと向き合う人で、いたいと。

グリーフケアってなんでしょう?
先に生き抜いた人たちは、例えこどもでも私の人生の師匠であります。

2013年8月25日日曜日

ペットロス


「○○の代わりなんておらんもん!そういうんちゃうもん!」

お友達のお子様Nくんが、ペットロスらしい。きっと。
可愛がっていたハムちゃん(本当はもっと可愛い名前)がいなくなって、今とても苦しい。学校にも行けない日があるらしい。
それを見ている御両親も辛く、そういうものではないと勿論知りつつ
あまりの我が子の様子につい言ってしまった。。

「また飼おうか?抱っこもすりすりもできるし、可愛いよぉ。」

今は遠くに住んでいて、私も10年以上会ってなくて
どんなお兄ちゃんに成長しているかは友人から聞くのみな訳で想像が入る話ですが。...

Nくん家はバリバリの体育会系で、根性で乗り切れみたいな?
その中でNくんだけ少し繊細なタイプらしい、(御両親もいい人よ。)
家族の中でタイプは違うのだろう。

そんなNくんにハムちゃん(くどいけど、もっと可愛い名前ね)は
さぞかし癒しだっただろう。
彼を日々支えていたのでしょう。


Nくんの感じているのは、死生観とか大切な存在とか大切なこと。
でも、まだ上手くどう感じたらいいのかさえ難しいんだよね。



 小さな命の大きな重さを今充分に感じているNくんが、
自分の人生の支えを失ってもがくNくんが、
今は会えなくなったハムちゃんがいつも心にいてくれると気付き、
少し元気がでるといいな。

カウンセリングは出来ないけど、遠くから応援しているよ。
 



2013年8月23日金曜日

一生分の抱っこと花火

「Zは抱っこが好きだから。
一生分抱っこしてあげたい、みなさんにも抱っこしてもらいたい。」


かなり前の夏、時間がないと分かって

“私も望みは捨てないでいたいけど、時間がないかもしれない。
もし、そうだとしたらZちゃんにしてあげたいことありませんか?”

担当の私の苦しい質問に「抱っこしてあげて欲しい」、そうにこっと答えてくれました。
お若いのに、しっかり受け止めて下さったお母様でした。


お母様が言って下さって、
私達スタッフも順番に抱っこして記念撮影をさせて頂いた。
みんな笑って写真を撮ってくれた。医師達も忙しい時間をぬって協力してくれた。
(実は小心者の私は、全員抱っこする前に“そのとき”が来てしまったら
 どうしよう。。そんな心配で居てもたってもいられない数日間だった。)


花火も今年は家からは見れないから、窓を花火の飾りつけにしたり
ベッドのままお散歩にも行った。

全然一生分には足りないと、みんな知っているし
私もそんなこと何の足しにもならないかもと思ったけど何かしたかった。

なんにもならないかもだけど、いつか何かになるかもしれない何かを追っていた。


今年の夏、久しぶりにお線香をあげに伺った。
花火のこと、兄弟も面会したこと、抱っこしたこと
「支えになってる」そう言って頂き、二人で思いだして泣いた。
(勿論気を使って頂いていることは、承知してますよ。)
「グリーフケア、いいと思う。」とも言って頂いた。
遅くなってごめんね、やっと報告にこれたよ。
Zちゃんが教えてくれたこと、他の人にも伝えるからね。


グリーフケアってなんでしょう?

悲しみが減るのでもありません。苦しみがなくなるのでもないのです。

でも、もう逝ってしまうこの子に伝える何か。。

遺される御家族の支えになる何か。。
いつか何かになるかもしれない何か。。